学校給食、メディカル福祉給食、産業給食の株式会社泉平|総合食品商社

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沿革

泉平の歴史

旅順営業所にて。(1916年頃)
写真中央:一代目 平太郎
写真中央右:二代目 平吉
旅順営業所にて。(1916年頃)
1896年(明治29年)
飾磨郡妻鹿村にて魚問屋を営んでいた泉 平太郎が、姫路市大蔵町にて食料品問屋「泉平商店」を創業。
1908年(明治41年)
姫路陸軍第10師団の命を受け、旅順旧市内に営業所を構え、物資の調達や軍への納入業務に徹する。
1914年(大正3年)
第一次世界大戦が開戦。泉平商店も軍命を受け、現地にて従軍する。
1917年(大正6年)
日の出紡績姫路工場が創業され、給食物資などの納入を開始。
1918年(大正7年)
第一次世界大戦が終戦。従軍各部隊は内地に凱旋し、泉平商店も軍に従い全員無事姫路本店に帰還。
この頃から姫路市駅内でレストランを運営し、工場・病院給食分野への食材共有で商売を拡大しました。現泉平の主力業態である産業給食、メディカル給食の取り組みの基盤はこの頃作られました。
この頃から姫路市駅内でレストランを運営し、工場・病院給食分野への食材共有で商売を拡大しました。現泉平の主力業態である産業給食、メディカル給食の取り組みの基盤はこの頃作られました。
1922年(大正12年)
創業者・泉 平太郎亡き後、泉 平吉が2代目社長に就任する。
1926年(昭和元年)
姫路赤十字病院開設。病院給食の委託を受け、同時に外来患者の食堂も開設。
1931年(昭和6年)
満州に従軍。ハルビン市を起点に、梨樹鎮・寧安・スイヨウ・スイフンガ・東寧・ムウリンに営業所を開設。
1945年(昭和20年)
姫路空襲で本社が焼失。8月には満州各地の事業が消滅。
隆義
終戦後、隆義は先代、先々代が築いたお客様との"つながり"で市場を再開拓し、売上を取り戻していきました。
冷凍食品創成期に積極的にその市場開拓に取り組んだことが、現在の泉平とメーカー様の強いつながりにもなっています。
1947年(昭和22年)
株式会社 泉平商店設立。資本金150万円。隆義社員15名。主力得意先に対し、5名で営業再開。
1968年(昭和43年)
神戸営業所開設。
1970年(昭和45年)
福岡営業所開設。
1975年(昭和50年)
「株式会社 泉平」に社名変更。資本金500万円に増資。泉 隆義が日本給食連合会会長に就任する。(昭和55年3月迄)
1977年(昭和52年)
岡山のトップ食品を経営統合し、「株式会社 岡山泉平」(現岡山営業所)を設立。
1979年(昭和54年)
泉 隆義、藍綬褒章受章。
1982年(昭和57年)
泉 隆義が、社団法人 日本外食品卸協会 会長に就任。
1985年(昭和60年)
大阪出張所開設。
2011年、創業115周年を迎えた当社は、会社ロゴマークを一新。
2011年、創業115周年を迎えた当社は、会社ロゴマークを一新。泉平は築き上げてきた信用を大切にし、「ありがとう」を言われ続ける企業を目指します。
1987年(昭和62年)
泉 隆義が代表取締役会長に、泉 平一が4代目代表取締役社長に就任。
明石営業所開設。
1989年(平成元年)
学校給食100年式典で株式会社 泉平及び、泉 隆義が文部大臣賞受賞。
1993年(平成5年)
本社社屋改築。姫路支店を竣工、開設。
1994年(平成6年)
神戸営業所と明石営業所を合併し、神戸支店設立。
2006年(平成18年)
大阪営業所を大阪支店に昇格。営業本部が大阪支店に移転。学校給食普及の尽力が認められ、文部科学大臣表彰を受ける。
2007年(平成19年)
メディカル給食の需要増を視野にKL事業部(現メディカル・福祉事業部)を新設。
2011年(平成23年)
泉 平一が(社)学校給食物資開発流通研究協会会長に就任。
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